あめゆじゅとてちてけんじゃ





永訣の朝
http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/konitan/eiketsunoasa.htm








昨日読んで泣きました。




宮沢賢治の作品で

病死する妹が亡くなる時の

気持ちと

その瞬間の描写が

たまらなく胸を締め付けます。





大好きな

『美味しんぼ』

の中で


『ふるさとの唄』

という話があり


それは、東北訛りが激しい

天野くんという

東西新聞で働く男の子。


訛りがひどい故に

人とのコミニケーションがとれない


そして、山岡さんの紹介で

働き出した焼き芋屋で


得意の民謡をいかした

東北訛りを武器に


皆んなから人気を集める


と言った話です。





その中で

東北訛りの良さを伝える会話があり




宮沢賢治の一説に


死にいく妹が


「雪を持ってきて…」


と兄の賢治に頼むのだが



それが東北訛りで


「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」


というのだが


標準語ではそれは表現できない


ということを説明しているシーンがあります。





皆さんも同じだと思いますが


今、家時間がたっぷり


そこで

HULU

でいろいろ見たりするのですが


美味しんぼを何となく見ていたとこと


この話で

ふと

宮沢賢治のこの詩を見たくなりました。






そして調べてみて

詠んだのですが


昔読んだ時と違い

涙があふれました。



想像力が付いたのか?


年を取ったのか?

ともとれますが



何ともその方言の素晴らしさを

改めて感じたんですね。




「あめゆじゅ とてちて けんじゃ」



この言葉だけで


葉の落ちた


柿の木が庭先にあり


そこに深々と重い水を含む雪が積もる


無音の中に


賢治が少しでも綺麗な箇所で


腕に雪をそっと入れる




そういうシーンが見えるのです。






このコロナ騒動


まだまだ続きます。


こんな時大切なのが

穏やかでいることです。




いつも追われていた毎日


闇雲に働いていた日々


家族の目を見て話していなかった


庭先の花々に気付かなかった



そんなことにも気付き


大切にすることが出来る


人間らしい時間が沢山あります。




人と接さない


でもその大切さも改めて感じます。


良い時間を過ごしていきたいものです。